ギャンブル依存性の彼

彼は競馬が第一だった。私が大切にしたい日でも競馬があれば、レースに夢中になっていた。賭ける金額も適度な金額とは思えなかったが、そのことを指摘すると彼はその度に不機嫌になった。勝った日の機嫌は良かったが、負けた日は寝るまでずっと不機嫌だった。時には理不尽な罵倒を受けることもあった。

それでも、私は彼のことを嫌いにはなれなかった。競馬で負けているとき以外は優しかったし、波長の合う人だった。競馬で負けても、金銭的に甘えることはしなかったのも何だかカッコイイと思っていた。それに競馬の話をしている彼はとても楽しそうで、すごく魅力的な男性に見えた。競馬のことはよく分からなかったけど、競馬の話を出来る限り私にも分かるように話してくれるのが好きだった。

一度だけ私がお願いして、競馬場でデートをしたことがあった。彼は馬券の買い方を丁寧に教えてくれたし、私も少しだけ馬券を買っていた。彼も自分で予想して馬券を買っていたけど、その日は調子が悪いらしく外れ続けて、少しずつ彼の機嫌が悪くなっていくのが分かった。こんな時は下手に機嫌を取るよりも、話しかけないほうがいいのは分かっていたので、黙って後ろにくっついて馬券を買っていた。

予想の仕方もよく分からなかったので、私は適当に誕生日だったり、その日の日付だったりで数字を適当に選んで馬券を買っていた。そんな風に適当に買っていた馬券がたまたま当たって、大きい配当が取れた。結果が表示されるまで私は気が付かなかったが、当たっていることに分かった後、彼に「いいやつ当たったよ!」と報告した。しかし、どうやらそのレースは彼が大きく賭けていたレースらしく、しかも彼の予想は全く当たってなかったようで、私の適当に買って当たった馬券を見て彼は激怒した。

周りにたくさんの人がいるにも関わらず、「お前みたいな適当に買う奴が当たるのはおかしい!」と私を怒鳴りつけた。何がいけなかったのか私には分からなかったが、彼を宥め、当たったお金で美味しいものでも食べようと誘ったが、それから最後のレースが終わっても彼は一切口を利いてくれなかった。帰りにはどこかのお店に入ることもなく、そのまま帰宅した。

競馬デートの日からしばらく経って、「あの時はごめん。」と急に謝られて、当たったお金で美味しいもの食べに行こうと誘われた。当たったお金はそのまま残してあったので、一緒に少し高いイタリアンに行った。食事中、彼はずっと私が当てたレースのことを話していた。私はたまたま当たったのだが、彼なりに何故その結果になったのかを考察していたらしく、長々と説明してくれた。話している内容は「ヨシトミ」という単語が頻繁に出てきたくらいで理解は出来なかったが、楽しそうに話す彼を見て私も満足だった。

この時以来、競馬場でデートはしていない。当たったことの嬉しさよりも、彼がずっと不機嫌だったことが私には辛かったし、あんな風に彼を怒らせてしまう競馬が怖かった。あの日から競馬をしている最中には彼には話しかけないようにしてるし、私自身も競馬からはあえて距離を取っていた。でも、それは現実から目を背けていただけで、彼が競馬が原因で身を崩していくのを黙って見ているだけとなってしまったことを後悔している。

彼がいわゆる「ギャンブル依存症」であることに気が付いたのはその少し後だった。もしも、私がちゃんと彼のことを考えてあげられていれば、彼はあんな大きな失敗をしなかったかもしれない。救ってあげられたかもしれなかった。