せめてパンダらしく

今年生まれた上野動物園のパンダの赤ちゃんの名前が「シャンシャン」に決まったらしい。最終選考にどんな名前が残って、どうして「シャンシャン」に決まったのかも含めて公式で発表して欲しい。ネットで公募をしていたこともあり、「タニタニ」で応募したが、果たしてどこまで残れたのだろうか。すぐさま却下されてしまったかもしれないし、いいところまで残っていたかもしれない。パンダの可能性は無限大である。

今までパンダの名前に興味関心を持ったことはなかったが、パンダアカウントとして活動をしている今ではそうも言ってられない。別にパンダはそこまで好きではないし、最後にちゃんと見たのはいつかも思い出せない。でも、パンダかわいいよパンダ。

パンダは動物園の客寄せとして大いに機能することが期待できるが、最近は「けものフレンズ」の影響でそうでなくても客でにぎわっているような気がする。ヲタクの行動力により、なかなか増収を望めないであろう動物園が賑わうのはいいことだと思った。頑張れヲタク。

一番好きな動物は予想通り走ってくれてお金をくれるお馬さんです。

銀座の思い出

今日とある場所へ行き、過去にその場所で開催された合コンを思い出したので、その時の合コンの話でも書こうと思う。

初合コンは前の会社に入社してまだ同期と繋がりがあった頃、会社での飲み会の際、よく分からない内に行くという話になっていた。後日詳しく聞くと、男3:女3での合コンで相手は全員看護師らしい。男側は自分とイケメンと顔が濃い人。女側はイケメンの幼馴染とその職場の友人2人。イケメンは言うまでもなく存在しているだけで問題がない人物、顔が濃い人はトークが上手いタイプ。同期の中でもムードメーカー的な人物だった。そして、問題は自分。これといったとりえもなく、話せる話題と言えば競馬の話やネットでつけたニワカな知識。非常に寂しい人間である。

開催日は土曜日ながら、女性側は仕事があり19時くらいからスタートだったような気がする。場所は銀座のオシャレなお店。雰囲気もすごくキラキラしてた記憶。男側は18時30分くらいに待ち合わせしていたが、自分は初めての銀座ということもあり昼過ぎに先行して到着。銀座にWINS(場外馬券売場)があることも事前に調べ、当日の資金をサクっと稼ぐことにした。昼飯は確かWINS近くの蕎麦屋で食べた。競馬は5千円くらい負けて撤退。こんなはずではなかった。

競馬も終わり、待ち合わせまで1時間以上あるので銀座の街をフラフラすることにした。お店の場所も予め確認する目的もあったが、全く見つからなかった。行くと分かるのだが、銀座の街は似たような店が多くあって、少なくとも自分にとっては、今どこにいるのかが分からなくなってしまう。これも勝手なイメージだが、銀座にあるようなオシャレなお店は看板などで店名を強くアピールしていない。一つ一つ確認して初めて気が付くようなレベルで書いてあるので、探すのに大変苦労した。かれこれ1時間くらいさまよってようやく見つけた気がする。すぐ店を見つけてどこかのカフェでゆっくりしようかと思っていたが、そうもいかなくなってしまった。こんなはずではなかった。

待ち合わせ時間になり、同期2人と合流。彼らは割りと仲がいいのだけど、自分はそこまででもないので、話す2人の後を黙ってついていく。気を遣ってたまにこちらに話しかけてくれるのが、なんだか疎ましくすら思ってしまう。待ち合わせ場所から店までは10分程度だったが、とても長く感じた。彼らも店の付近まで来て、なかなか見つけられずにいたが、店の場所は黙っていた。事前に店の場所を確認していたことをなんとなく言いたくなかった。器が小さいのである。一緒に探すフリをしながら、心の中では「はよ見つけろ」と思っていた。最終的には女性側の幹事(イケメンの幼馴染)が現れて店まで連れて行ってくれた。こんなはずではなかった。

店に入ると、既にもう1人の女性は先に来ていた。後1人は遅れてくるらしい。とりあえず簡単に挨拶を済ませて、自分は女性側幹事の隣に座った。もう1人が来るまでは待とうということで、お酒なしの状態で頑張って話す状態になった。ここでコミュ力のある顔が濃い同期が頑張る頑張る。自分と言えば、相槌を打ったりするだけだった。隣に座った意味がほぼなかった。15分くらいして、最後の1人が到着して、ようやくスタート。お酒さえ入れてしまえば、少しは話せるようになると思ったが、なんとなく女性先導で喋る空気ができており、あまり自分から喋ることができなかった。頑張って喋らなくてもいいのであればと一旦落ち着いて、女性3人を見渡す。幹事は気が強そうなタイプ、でも明るい感じで話すのでいい子なんだろうという印象。最初からいたもう1人の子は顔はタイプ、でもそこまで自分から話す感じではなく、たまに発言する程度。可能であればこの子がよかった。最後に来た子は少し太めの子。よく喋っていたがデブはNG。

全体の時間は2時間程度だったが、正直何を話したかまでは覚えていない。イケメン同期と顔の濃い同期が中心になって話をしていたはず。女性側は幹事と太めの子がそれにいい感じで反応して盛りあがっていた。で、たまに好みの子が喋ったり、自分が喋ったりで進行していった。盛り上げようと思って、その日競馬をして負けたことを話したら、女性側の反応が薄かった。やっぱりギャンブルはダメですね。

21時近くになり、終了。お店を出たが翌日予定があるとかで、2次会もなく女性たちは帰宅してしまった。連絡先は交換したものの、多分これはダメなパターンなんだろうなと思った。同期2人もなんとなく察している雰囲気。とりあえず全員にメールを送ったけど、帰ってきたのは幹事の子だけだった。それとなく2人で池袋で飲もうと誘ってみたが、また皆で飲もうとかわされてしまった。当時はまだ若く、それだけで脈なしと見切って連絡を途絶えさせてしまった。

初めての合コンは何の成果もなく終わってしまった。でも、もう少し頑張っていれば何かあったのかもしれない。いつも可能性を自分から断ってしまう。黙っていて望んだ未来がやってくるような生き方をしていない。手に入れたいものは自分から進んで取りにいかなければならない。今、初めての合コンを振り返ってそう思う。

あれから7年。今日もまた銀座WINSに訪れて、欲しいものは手に入らず金を失った。何も学習していない。最終レースが終わり、駅へと向かう途中に思う。こんなはずではなかった。

 

続・もうダメかもしれない人へのインタビュー

ーーーーーーーーーーーーー前半から続き

記「そういう思い切りも大切かもしれませんね。長くなってしまいましたが、次の質問に移らさせてもらいます。フォロワーに求めることはありますか?」

タ「フォローしてもらってるだけでありがたいとは思っています。結構、一度に書き込む量が多いので、フォロー少ない人はタイムラインが自分だらけになってしまってるんではないんですかね。それをどう取るかは個人の自由ですけど、自分としてはあまり好ましくない状態だと思っているので、いろんな人フォローして欲しいですね。自分みたいなタイプのアカウントを3人くらい仕込んでおけば、多分退屈はしないんじゃないですかね。」

記「読んでくれてる人がそこそこいるっていうのはどんな気持ちですか?」

タ「やっぱり嬉しいですよ。人に読んでもらうために発信しているわけですし、その結果、面白いと言って貰えれば書いた甲斐もあるってものです。リプライくれたりしたら、もっと嬉しいですし、来たら頑張って返してます。会話と違って、ある程度内容を吟味できるのはいいですね。関係性壊したくないので、リプライの言葉遣いには気をつけてます。」

記「意外と繊細なんですね。もっと雑かとも思ってました。」

タ「でも、人によるところはあるかもしれません。適当に返していいって思える人はそういう返ししていますしね。別に嫌いとかそういうわけではないけど、許してくれるでしょうと思って書いています。相手もそのあたりまでは踏み込んできている感じですからね。全部自分の感覚から考えていますけどね。」

記「アクティブで30人くらいのフォロワーがいれば、なんかトラブルがあったことはないんですか?」

タ「面倒になったらブロックしてしまいますからね。所詮はネットの繋がりですし、楽しくやりたいので面倒な関係になってしまうなら、サヨウナラです。」

記「そうおっしゃる割にはオフ会には積極的なようですが。」

タ「オフは誰とでもやってるわけではないですよ。そこそこ絡みがあって、会っても大丈夫そうだなと思う人としか会わないです。あとイメージ壊したくない人とも会わないですね。めったにないですが、誘われるようなことがあれば基本的には行きますよ。もし、断るとしたらさっき言ったような理由ですね。」

記「別に会って得するほどの方でもないですよね?」

タ「手厳しいですね(笑)でも、普通のサラリーマンですからね。趣味だったり、考え的なところがなんとなく合わないと会っても楽しくはないんじゃないですかね。会いたいなって思う人はそれなりにいるんですけど。」

記「誘ってみたらどうですか?」

タ「断られるのが怖いのでやりません。万が一、相手が会いたいと思っていて、でも同じように断れるのが怖いって思っていたら悲しいすれ違いが起きるんですけど、まぁありえない話でしょうね。」

記「ツイッターくらいは前向きでいきましょうよ。」

タ「会話の流れとか、なんかのタイミングで誘えるようなことがあれば、そうしてみます。関東が一番人が多いと思いますし、楽しめる内に楽しんでおきたいですしね。」

記「いつ環境が変わるかも分かりませんからね。では、次の質問で最後にしたいと思います。今後、ツイッターで何をしていきたいですか?」

タ「いつになるかは分かりませんが、ちゃんと現実社会とリンクさせたいですね。書き込める内容も今まで通りとはいかなくなると思いますが、いつまでもこのままではいけないと思ったりもしているので、1人の人間としてツイッターをやっていきたいです。」

記「『タニシ』を捨てるということですか?」

タ「結果的にはそういうことになってしまうのかもしれません。でも、今までの経験からしてもとても難しいことだとは思っています。ものすごくザックリ言えば、Facebookをネット活動の拠点に置くようなことですからね。」

記「それは難しそうですね(笑)」

タ「mixiが限りなくそれに近かったとは思うんですけど、結局は身内の世界でしたからね。できれば、それを外に向けてやってみたい。会社での立場が一番の問題である気もしますがね。毎日クソみたいなツイートしている上司とか絶対にイヤじゃないですか。だから、まずはそういうしがらみをどうにか取っ払いたいですよね。」

記「仕事を辞めるということですか?」

タ「やっぱり今の仕事では難しいと思いますけど、もっと自由な感じの仕事だったらイケるかもしれないですよね。今の時代、そういう仕事は少なくないと思いますし。動画を作れる程、マメじゃないのでYoutuberはムリですけどね。」

記「お金が絡んでくると、本質的に変わってしまいそうですが。」

タ「それはイヤですね。そうなってしまわないように心がけたいです。色々とお話しましたが、一つの夢みたいなもので具体的なレベルまでは何も落としこめてないですよ。こうできたらいいな程度の話です。」

記「もしそうなったとしても、今までのフォロワーさんが付いてきてくれるといいですね。」

タ「それは本当にそう思います。嫌いな人はブロックで全員はじいているので、今のフォロワーは皆好きな人たちです。全員のために『タニシ』であることは難しいですが、より多くの人に受け入れられてもらえたらとは思います。」

記「カッコよく締めてくれましたね。」

タ「今日はありがとうございました。色々と考えていることを伝える場を作っていただき助かりました。これで色々な人にまた自分を知ってもらえたらと嬉しいです。」

記「こちらこそありがとうございました!早めに病院行ってくださいね!!」

もうダメかもしれない人へのインタビュー

記者(以下、記)「本日はごく一部で評価されていると噂のツイッターユーザー、タニシさんに来ていただきました。初めまして、タニシさん!」

タニシ(以下、タ)「初めまして、本日は宜しくお願いします。」

記「宜しくお願いします。では、早速ですが、いくつか質問させていただきたいと思います。」

タ「はい、可能な範囲で何でも答えたいと思います。」

記「まず、ツイッターを始めたきっかけは?」

タ「きっかけですか。元々、インターネットに色々と書き込むことが好きで、ツイッターを始める前も色々やってきました。その話からしたいと思います。

一番最初は今はサービス停止してるような掲示板でハンドルネーム付けてスレッドを立ててましたね。当時は本当にただの馴れ合いのためだけにやってました。その後は2ちゃんねるを始めて、大学生の頃ですかね、ちょうど大学生活板が一番盛り上がっている時期でそこで大学スレで固定をやり始めました。大学4年間はそこにつきますね。掲示板に書き込む以外にもネットラジオとかオフ会とかも頻繁にやってました。若さ故の勢いですね。今はもう同じことは出来ないと思います。同じタイミングでmixiもやっていて、仲間内だけのコミュニティで今のツイッターみたいことをひたすら書き込んでました。書き込むことが自分の仕事だとすら思っていました。病気ですね(笑)。

そういうことを続けてきて、社会人になる数ヶ月前にツイッターを始めました。2010年の1月だったと思います。当時のツイートを見ると、大学生当時のノリが窺えます。2ちゃんの固定とかmixiのコミュニティみたいな感じのノリで書いていますね。大切な思い出ですし、消そうとは思いません。」

記「で、きっかけは(笑)?」

タ「あ、すみません。自分の中で、これといったきっかけは特にないですかね。先ほども言ったように、ずっと続けてきたことの場を変えただけの意識でした。確か2ちゃんの人にこんなのあるよみたいなに教えられて始めたのが最初だったと思います。」

記「タニシさんにとって、ネットに何かを書くことは日常的な動作だったんですね。」

タ「今もそうですけど、思いついたことを残しておきたいんですよ。たまに見返して、この時はこんなこと思っていたんだなって振り返るんです。その時を振り返るのに全く役立たないツイートもありますけど。」

記「個人的にはそういうツイートが大半を占めていると思うのですが・・・」

タ「あえてぼかして書いたり、ウソを混ぜて書いたりしてるので、意味不明な内容になったりしていますが、書いている当人は事実を知っているのでそうでもないんですよ。」

記「ウソ書いているんですか?」

タ「全くのウソを書くことはほぼないですよ。基本的には1を10にして書いている感じです。たとえば、電車で綺麗な女性に声かけられたら、『電車で美女に話しかけられて、そのままご飯行って、セックスした。』とか書くわけです。まぁ現実で美女に話しかけられることなんてまずないのですが。」

記「なるほど、そういったウソは何故書くのですか?」

タ「最初は身バレを防ぐために適当なこと書いていたんですけど、こうやって脚色したら面白いかなと思って最近は書いています。実際に面白いかは知りません。」

記「僕は好きですよ。」

タ「ありがとうございます。そう言っていただけると頑張ってツイートしようって気持ちになります。頑張るものでもないですが、やっぱり『いいね』されたり、リプライが来ると素直に嬉しいですね。人からの反応が欲しくてやってるようなところもあるので。」

記「僕もツイッターやっていますが、やっぱりそういうのは嬉しいですね。」

タ「そうでしょ?今はありがたいことに何書いても1人は『いいね』押してくれたりするので、半ばその人のために書いているような気持ちもあります。」

記「それはちょっと気持ち悪いですね。」

タ「自分でもそう思います。でも、もう抜けられないところまで来てしまっているので、今のスタイルは崩さないままで、もうこのままいくところまでいこうと思っています。」

記「そういう思い切りも大切かもしれませんね。長くなってしまいましたが、次の質問に移らさせてもらいます。フォロワーに求めることはありますか?」

ーーーーーーーーーーーーー後半へ続く

2017年度下期 生産性向上計画

職場に若い女性が居るとそれだけで雰囲気が和らぐのは間違いない。男だけの職場も特に女性に対して何かを気遣うことなく行動できるのでいいものだが、若い女性がいた方が個人的には色々と捗る。別にその人と何かがあるわけでもないし、そういうのは少しだけ考えて終わらせるものだけど、なんかこう自分をよく見せようとして頑張る気になるので結果的に生産性が上がる。と思う。

システム業界にも最近は若い女性、しかも美人な人も少なくないので、おじさんたちも張り切って仕事をしているように思う。自分はまだ30歳だけど、新卒の女の子はとても若く見えるし、若いだけでかわいい。これが40、50となれば自分の子供レベルにかわいく思えてしまうのではないだろうか。たまの失敗はスパイス程度に思えてしまうのではないだろうか。

今の職場に多分23、24くらいでめちゃくちゃかわいい他社の女の子がいて、1回も話したことはないけれど、見るだけで満足できるし幸せな気分になる。かわいい女の子は存在だけで人を癒せる。多少残念な顔でも愛嬌さえあれば、みんなから可愛がられるし(お局的なおばさんは除く)、職場の雰囲気は良くなっていく。

5000人超の会社から200人規模の会社に転職したら、女の子の人数も質もグッと下がった。弊社の偉い人たちはどんどんかわいい子を採用して、現場に1人ずつ配属させていってほしい。なんなら教育担当として自分を当てて欲しい。教育現場にいたこともあるので、伸ばし方は知っている。ついでに自分も伸びる。

 

前職でOJTを担当した女の子にはめちゃくちゃナメられてました。あの子怖かったなぁ。

根がティブ

30歳になって色々今まで許されてきたことが許されないような気がしてきた。もちろん数日で何かが明確に変わってくるわけではないけれど、見えない圧迫感みたいのがとても強い。

10代の万能感と20代の無敵感は失われ、もはや焦燥感しかない。達成感とか充実感とかそういうのがあってしかるべきなんだろうけど、そんな生き方をしてこなかったのであるわけもない。そういうプラスの感情は急に湧いて出てくるものでもなく、むしろ沸々と湧いてきたのが焦燥感。「このままでいいのだろうか」「何をすべきなのだろうか」「もう手遅れではないのだろうか」ここ数日はこんなことばかりが頭を過ぎる。仕事中にもふと出てくるので仕事のことで覆い被せているが、この休日でそういうわけにもいかず色々と考えてしまった。

20代の頃は「まだ20代だし」で流せていた問題が30歳という事実を前にして流せなくなっている。色々抱えている問題を一気に解決することはできないので、地道に潰していくしかないのだけど、終わる頃には40歳になっているんじゃないかと不安になる。3年前にも取り掛かれた問題なのにずっと放置してきてしまった。3年前からきちんと取り組んでいれば、今頃は解決できていた。今から取り掛かれば2年くらいで終わるだろうか。

ただ過ごす毎日の中で問題とどれだけ向かいあえるか。結局は自分の意思の問題。死んで終わらせることもできるけど、それは何だか違う気もしている。

20そこそこの時に言っていた「もうだめだ」がいかに軽く、意味のない言葉だったかを思い知る。今の「もうだめだ」は色々な背景が付きまとう。重みが違う。

月曜日が怖いんじゃない。単純に明日が来るのが怖い。時が進むことが怖く感じる日が来るとは思いもしなかった。もっと楽観的になりたい。

29年と11ヶ月と30日くらい生きた人

タイトル通り。2017年8月31日で30歳になる。10年は一つの区切りだと思いうけど、明日もきっと普通に仕事が終わるだけだろう。今更祝ったりもしないし、そのような相手もいないので。20歳になった時の誕生日の記憶がない。きっと普段と変わり映えのしない一日だったのだろう。当時は学生だったはずだが、バイトと酒に明け暮れていたような気がする。確か1つ年上の女の子と飲んだりして、家に泊めてもらってたりしてた時期だったと思う。結局、その人とは何もなかったのだけど。

22歳で大学を何とか卒業して、そのまま就職。それからはあっという間の8年間だった。働き始めた頃は自分が何をしているかも理解しないまま、ただ言われたことを消化していた。そんな感じで全然大したことなかったのに無駄に生意気だったように思う。働き出して1年目なんてそんなもんですかね。最初は地道に貯金したりしていたのに、秋くらいから競馬を覚えてしまった。ここからが転落のスタート。まだ底は見えていない。

20代前半という勢いもあって合コンに行ったり、色々彼女作ろうとしていた。結果は散々。女はクソだとか言っていた気がする。ついでに2回くらい新宿でぼったくられた。旅行にも行ったりして色々と精力的に活動していた。今もやれないことはないけど、なんかこう勢いってものがなくなってしまった。

気が付けば4年が経ち、転勤で名古屋へ。全く知り合いもいないような土地だったけど、どうにかなった。東京に残ったままでは出来なかった仕事もやらせてもらえたし、いい経験だった。上司や同僚にも恵まれたと思う。女の子となにかあるようなイベントは名古屋では一切なかった。というかなにかあるような状況ではなかった。3年半くらいいたけど、同じチームの人以外からは受け入れられてなかったと思う。まぁ、余所者ですからね。

ざくっと書いたけど仕事6割、競馬3割、遊び1割って感じだった。一応、学生の頃もあったけど、仕事の印象が強すぎて学生の頃は10代の時の話みたいに記憶が追いやられている。もちろん忘れたわけではないし、大事な思い出だけど。

仕事は今年で8年目だけど、楽しいのは楽しい。今はある程度好きにやってるし、そうできるだけのスキルもあるつもり。もちろん限定的な範囲のことでだけど、そういう働き方に不満があるわけでもないので満足はしている。給料がもう少し増えるともっといいんだけどなぁ。転職もしたし、これからは今までやろうとしてこなかったことに少し手を出してみようかと思う。30代だからこそ出来るものもあるはず。

競馬は金銭的な面だけ考えれば、もう本当に知らなければ良かったと思う。でも、競馬やっていたことで職場のおじさん達と仲良くなれたし、そこから人間関係も広がった。そういう人たちと別の遊びで遊んだり飲んだりして、経験できたこともあったのでトータルで見れば悪くはないのかもしれない。30代は少しずつ違う方向に向いて熱中することがないようにしたい。

インターネット大好きおじさんなので遊びっていうのはほとんどオフのことだったりするんだけど、名古屋いるころはそうでもなかったけど、関東いる時期は今も含めてバンバンオフしてる。どこから感覚が狂ったのかは分からないけど、オフで会う人のほうが安心感や親近感みたいのを持ちやすい。別に職場の人が嫌いなわけではないけど、あえて休日に会うかって言ったらね。変な人もいるけど、やっぱり普段違う世界に住んでいる人たちだから話すだけでも面白い。若い女の子と楽しくお話するのもいいけど、やっぱり同世代か少し上くらいの人と会って話すのが、自分の中でのオフの醍醐味かなぁ。お誘いはいつでもお待ちしていますよ。

 

つまらない10年間だったと漠然と考えていたけど、こうやって書き出すとそうでもなかった。アウトプットするという行為、大事ですね。そういう目的においてブログはとても有効なツール。これからも書いていきたいし、読んでもらいたい。後悔しない10年にならないようにしたいとは言わない。もう少し余裕を持った10年になるといいと思います。そして、変化のない10年にはしたくないかな。

 

この10年間の一番の変化はブログのタイトルからお察しください。